花火缶Tシャツものがたり


  いつでもどこでも好きなときに、手軽に見られる花火が

  あったらいいと思いませんか?

  あるとき、そう思った子がいたのです。
  クリスマスのちょうど1か月くらい前だったので、
  その子は、サンタクロースにお願いしました。


  「いつでも簡単に見ることができる、花火をください」

  お願いは、もちろんサンタクロースの元に届きました。


  サンタクロースのおもちゃ工場では、ゆきだるまが
  おもちゃ作りの手伝いをしているのですが
(※)
  係りのゆきだるまは、【むずかしいもの】と書かれた箱の中へ
  その願いを入れました。花火を作ったことはあったのですが、
  「いつでも」、しかも「簡単に」見られる花火というのが
  思いつかなかったからです。


  さて、時間はどんどん過ぎていきました。

  【むずかしいもの】の箱も、だいぶ中味が減ってきました。
  ひとりでは、いいアイデアが浮かばないものは、会議を開いて
  みんなの意見を出し合います。

  「いつでも簡単に見られる花火」
  丈夫な紙の箱に入れるのはどうかという意見がでました。
  箱のふたを開けることなら、誰でも簡単にできますから。


  試しに作ってみたところ、大きな問題がありました。
  花火の勢いを、紙のふたでは押さえることができないのです。
  紙がだめなら、金属はどうだろう?別のゆきだるまが言いました。
  クッキー用の缶に、さっそく花火を入れてみました。
  これはなかなかよさそうです。

  係りのゆきだるまが、ほっと胸をなでおろしたとき、
  花火はやはり勢いあまって、中から缶のふたを押し上げてしまいました。
  これでは、安心して、プレゼントにすることができません。

  やれやれ。


  係りのゆきだるまが、深いためいきをついたとき、
  ちょうど夜食の時間になりました。
  「すこし休んで、おいしいものを食べれば、またいい考えが浮かんでくるよ」
  仲間にそう励まされ、お皿を見ると、大好きなサンドイッチが
  並んでいました。しかも中味は、オイルサーディンです。

  おいしいしあわせを噛みしめているうちに、ゆきだるまの頭の中で
  何かが、かちっとひらめきました。


 

  んん? オイルサーディン…そうだ、オイルサーディンの缶が
  あったじゃないか!!
  サンドイッチを頬張りながら、ゆきだるまは、
  キッチンへ走っていきました。
  オイルサーディン缶の要領で、花火を中に閉じ込める方式なら、
  うまくいきそうです。


  そうして、その晩、【むずかしいもの】係りのゆきだるまは、
  花火を缶詰の中に閉じ込めることに成功しました。
  缶のはじから、くるくるとネジを巻くようにふたを開ける方式なら、
  花火の勢いに負けることはありません。
  「いつでも」「簡単に」花火を楽しむことができますし、
  ポケットの中に入れて、どこへでも持ち歩くこともできます。

  そして、この缶の特筆すべきことがもうひとつ。
  缶のふたは、マグネットのようになっていて、
  ネジをそっともどしていくと、ふたはまたぴったりと閉じるのです。
  そう、何度でも開けることができる=何度でも花火を見ることができる
  というわけです。


  花火缶を作ったゆきだるまは、それを頼んできた子が、
  缶を開けるときの様子を思い浮かべました。


  びっくりしてくれるかな。
  開け方はわかるかな。
  誰と一緒に見るのかな。

  そうして、自分の手元にひとつ残してあった試作品に手を伸ばし、
  小気味よいリズムで缶を開け始めました。

  半分くらいまでふたを開けると、ほんのすこし火薬の匂いがします。
  全部ふたを開けた1秒後、

  パンパンパン!! 

  威勢のいい音とともに、かわいい花のような花火が
  いっせいに飛び出しました。

  係りのゆきだるまが、にっこりと満足の笑みを浮かべたちょうどその時、

  隣の部屋に通じるドアから、「まってくれー」と大きい声がしました。

  テーブルの上を何かがささっと通り過ぎるのと、ゆきだるまの手から
  花火缶が離れるのと、ちょうど同じタイミングでした。


 

  えっ、何?

  そう思ったときには、花火缶はテーブルから大きくジャンプし、
  椅子の座面の上を早足で歩いていました。
  そのときだったら、まだ捕まえることもできたのに、
  その姿に驚いたゆきだるまには、なにもすることができません。
  その間に、花火缶は、すたこら歩いて外へ出て行きました。
  係のゆきだるまには、何が何だかさっぱりわけがわかりません。

  そもそも、なんで花火缶が「歩いた」のでしょう?


  そのわけは、隣の部屋で作業していた仲間が、話してくれました。
  「まってくれー」と大きな声を出したゆきだるまです。
  彼は、隣の部屋で、動くおもちゃを作っていました。
  背中にネジがついていて、それを巻くとギコギコ動き出すロボットや、
  びゅっーと走り出す車なんかをです。


   「頼まれたおもちゃは全部作り終わってしまったから、
   <足>のおもちゃっていうのを作っていたんだ。
   誰から頼まれたわけでもないけどね、鉛筆やハーモニカや、
   めざまし時計が歩きだしたらおもしろいかなあと思って。
   ひとくみの<足>にネジをつけるはずだったのに、
   それをつける前に<足>が勝手に歩き出しちゃって。
   はじめはテーブルの上を歩きまわったり、本の上に乗ったり降りたりしていたから、
   へえーすごいって思って、見てたんだ。
   そしたらさあ、テーブルから飛び降りて‥床の上を歩くのは早かったね〜。
   さささっーって感じ。
   『まってくれー』って言ったのに、聞こえなかったのかな?
   あ。耳がついてないからねー」

  花火缶を作ったゆきだるまは、耳なんかどうでもいいのにと
  思いながらも、なるべく落ち着いて聞こえるような口調で、
  <足>を作ったゆきだるまに聞きました。


   「どうやって、その<足>は、花火缶にくっついたんだろう?
   ねじを付ける前なのに、なんで動くことができたんだろう?
   どういうしくみになってるの?」

   「しくみは、正直言ってよくわからないんだ。
   だって、勝手に歩き出しちゃったわけだから。
   でも、缶とくっついたのは、相性みたいなものかなと思う」

   「相性?」

   「そう。相性がよければ、相性さえあえば、
   鉛筆にも消しゴムにもくっつくよ。」

   「よく君はそんなに冷静でいられるね」

  花火缶のゆきだるまは、むっとした気持ちを
  抑えることが難しくなっているのを感じながら、そう言いました。


   「君は、せっかく自分が作ったおもちゃが勝手にどこかへ行っちゃって
   さびしいとか、くやしいとか思わないのかい?」

 
 
  「全然思わないわけじゃあないよ。<足>でもっと遊びたかったし、
  君の作った花火缶もよく見たかったし。でもね‥」

  <足>を作ったゆきだるまは、すこし遠くの方を見ながら言いました。

   「ぼくの<足>はさ、きっと元気が余っていて、外の世界を
   見たくなったんだと思うんだ。
   君の作った缶とくっついてしまったのは、すごい偶然で、
   事故みたいなものかもしれないけど‥
   でも、ふたりはうまくやっていかれるんじゃないかな。
   案外、近くにいて、明日の朝には、東の窓から戻ってくるかもしれないし、
   10年後に、ばったりどこかの町で会うかもしれないし。
   もしも、誰かが、歩く缶詰をみたら驚くだろうねー。
   きっとすごくラッキーなものを見たと言って、
   嬉しい気持ちになるだろうね。
   なんたって、花火の缶詰だもんね」

  (ラッキーで、うれしいきもち‥)

  花火缶を作ったゆきだるまは、自分の気持ちが、
  落ち着いてくるのがわかりました。
  どこかの町や、誰かの家の窓辺を、てくてく歩いている、
  花火缶の様子が目の前にありありと浮かびます。
  なんだろう?と思って、人々が手を伸ばしたときや、
  気がついて、振り向いた時には、花火缶は
  もうどんどん先まで歩いているのです。


  しあわせの缶詰と思う人もいるかもしれません。
  どこに行ったら見られるの?と聞く人もいるでしょう。

  ゆきだるまは、にっこりしました。

  そして、もしも時間を巻き戻すことができたなら、
  さっきの場面を、スローモーションで見たいなあと思いました。
  缶がテーブルの上に、着くか着かないかのときに、
  隣の部屋からやってきた<足>が、テーブルの上を駈け抜けようとして、
  くっついてしまった瞬間の場面です。


  「今夜も星がきれいだね」

  <足>を作ったゆきだるまが言いました。

  花火缶のゆきだるまも、窓から一緒に空を見上げながら、大きな声で

  「おーい、今頃どこにいるんだーい?」と言いました。


  「いつでも簡単に見られる花火の缶詰」が、
  「歩く花火の缶詰…walking fireworks can…」になったのは
  理由があったのでした。

   おしまい
 


   いつでもどこでも開けられる、しあわせの花火缶

     I'm a fireworks can filled joy and happiness.
    You can open me anywhere anytime.



  

  
    ※ゆきだるまがクリスマスプレゼントを作るというところは
    たむらしげる作『サンタのおもちゃ工場』を参考にしました。
    それ以外のストーリは水谷英与によるオリジナル作品です。