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Spagetti mermaid forest style人魚の森のスパゲティ



ひとりで来たときにはカウンター席に座る。
ここからも、デッキへつながっているガラス戸を通して、
川面へ沈んでいく夕陽を見ることができるから。
その時にオーダーするのは、このメニューと決めている。

「人魚の森のスパゲティ」

〈人魚の森〉って、いったいどこさ?
ひとりでツッコミいれながら、心の中でふふふと笑う。
その間も、夕陽はすこしづつすこしづつ落ちてゆく。



テーブル席にひとりで居る、その女性に気がついたのは
何度目に、私が〈人魚の森〉を頼んだときだっただろう。
背筋を伸ばし、音をたてず、そして美しくフォークを使って、
彼女もまた、同じスパゲティを食べていた。

母と同じ年代くらいに見える女性が、ひとりでテーブルに
居ることに、私は最初、違和感を持ったのだと思う。
しかし、その姿勢と、フォーク使いの美しさに気づき、
その次からは、席に着くと、お店の中をひとまわり
見渡すようになっていた。
今日も来ていたらいいな、あのひと、と思って。


「お待たせしました」

張りのある声がして、目をあげると、できあがった、私のスパゲティが、
ちょうどカウンターテーブルに置かれたところだった。
今日の〈人魚の森〉では、ムール貝が採れたらしい。
ムラサキ色が、海藻のくすんだミドリに中でつやつやと輝いている。

夕陽のペースに合わせるのなら、この料理が一番いいと思う。
フォークですくい、一口分だけフォークに巻いて、ぱくっと食べる。
その間、すこしだけ、太陽は下に動く。
貝の実を丁寧にはずし、海の味を感じながら、外に目をやると
またすこしだけ陽は落ち、そのオレンジ色の光が
川面に映えて美しい。

お店の隅のテーブルでは、キャンドルの用意を、
ウエイターが始めていた。
見慣れたTシャツの背中には、この店のメニューが載っている。

  Spagetti Mermaid Forest Style 


ひとりでスパゲティを食べるあの女性も、沈む夕陽が
見えることを知っていて、そして、それに合うのは
〈人魚の森〉だと知っていて、この時間に、ここに来るのかもしれない。






このお店の名前は、SUBMARINE DINER 
きびきび動くスタッフは、お揃いのTシャツを着ています。